…。

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この心細さを乗り越えないと、なにも始まらない。

 

個人的な決意表明。

自分への戒め。です。

これからとても急がしくなる。やるしかない。

まだ言えませんが本当に沢山色々あります。お楽しみに…。

 

、、、

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今日は町の小さな劇場にショーを見に行った。

見て思ったこと。ショー自体の直接の感想ではないけれどこの頃漠然と思っている事を忘れないように描いておこうと思う。

人が沢山集まる大きくて有名な場所で何かに出会える事、体験できる事はもちろん素晴らしい。けれど人があまり集まらない小さなローカル(?)な場所で何かに出会えることは救いになると思った。ショーだけじゃなくて、絵でも、人でも、物語でも。

何かを独り占めできる感覚とか自分だけが知っている優越感とかそんなものでは全然なくて、上手く言えないけれどこれから何かを創り出したいと思っている人間としてどこか救われるような感覚がある。綺麗ごとみたいな文章になってしまったのが(そういう事ではないのに)自分で書いていて少し嫌なんだけど。これ以上言葉を重ねてもきっと私の稚拙な文章では表現できないのでとりあえずこれだけ。

 

 

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これからは大切な感じたこと、全て形にしよう。きちんと。言葉でも絵でも、忘れてはならないものを記録しよう。

 

 

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金欠なのにも関わらず気分が落ち込んでどうしようもなかったのでお金と本だけを持って喫茶店にお昼ご飯を食べに行きました。

私の場合ですが、落ち込むたびに思うのは何もする気が起きなくても無理して本を読む事だなあと思います。家から出て、スマホは切って、思考回路を一旦自分の外にあるものに投げます。少し楽になるし、言葉も自分の中に入ってきやすいです。

 

漠然と思うのは、弱い人の為に絵を描きたいという事。芸術で成功(?)している人って私のイメージでは男女問わず男性的な人が多いんです。こういう場合「男性的」とは何かをまず定義しなければならないと思いますが、感覚的な感想なので上手く説明はできません。ただ、少なくとも私はそうなれない・・・と常日頃感じます。男性的なものに憧れはありますが、私はどこまでもそうではないんです。でもだからこそ、自分が絵を描き続ける意味はあるんじゃないかと思います。ご飯が食べれるのか、有名になれるのかとは全然関係ないところで意味があると思う。最後何も得られなくても弱い人間が何かを追い続ける事を続ける意味はある。自分を信じられず、生を信じられない人の為に描きたい。それは私が強く自分や生を信じているからではなく、私が弱く自分や生を信じられずにいるから。上手く書けませんがこういう気持ちです。

 

 

 

おんなのこ

明け方に浮かんだ言葉がすべて消えてしまいました。

なんだか忘れてはいけないことだった気がしてすこし悲しいです。

 

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中学生くらいの頃は絵よりももっとやりたい事が他にあって、その絵とは全然別の目標の為に女の子の顔ばかりを描いていた。あれは自己整理だったのか何だったのか、今となってはよくわからない。今はもうそんな描き方はしていないけれど、何かを表現したいとき女の子を描くのは多分私にとっては自然な事で。この世に儚さや危うさは存在すると思うけれど、所謂女の子の儚さとか危うさとか自分の作品にとっては必要ないなあと個人的には思う。絵の解釈は自由だけれど、林檎を描いているのに蜜柑に見えると言われるのはやっぱり違うと思うので。

絵でも文でも音楽でも映像でも、優れた作品は否応なしに世界を映していると思う。よくわからないけれど多分少女は実際儚い部分もあるのだろうと思う。でもそもそもその前に世界自体が儚いのであって。そしてその儚さをロマンチックな受け止め方はしたくなくて。

その儚さを変にノスタルジックに感じ感傷に浸るだけなのは嫌で、時には怒りたいし時には嘆きたいし時には受け止めたい。儚いことは時に美しく感じられるけれど、それと同時に人にとって厳しいものであると思う。そういう儚さが描けたらいいと思う。

 

 

 

 

みえるよ。

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基本的に人と上手に話せるタイプではないけれど、それでも人の中に飛び込む事で沢山のものを得られる日々が続いている。今日もそんな一日だった。青が縁どられて形を為して、そしてそれが白く消えていく様を初めから終わりまでずっと眺めていた。

筆を握る事、自分以外に筆を握る人が周囲にいる事、そうして生み出されたものに価値や美しさを感じる事が出来る人と出会える事、絶対当たり前なんかじゃない場所や時間を過ごす事が出来る今が確かにある事。

美しさに気がつける人たちと一緒に居たいと思う。芸術の事だけじゃなくて。根拠はないけれど、きっと美しさって優しいだけじゃない。美しさが胸を引き裂く事もあると思う。けれど憧れて仕方のないそれを求める事の出来る人と共にいたい。というかよく「時には好きではない人とも関わるべきだ」みたいなの、別にしなくていいやと思う。好きな人というのが「耳に優しい言葉を言ってくれる人ではない」という事さえわかっていればそれでいい。

今後の活動の事、生活の事、人間関係のこと、色々考えれば考えるほどに良い作品を作るしかないというシンプルな答えにたどり着く。寝て起きたら筆で絵を描きたい。

 

らいんすたんぷ

作ってみました。

こんな感じです。

 

 

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「おんなのことくま。」「庄司理子」などで検索していただければ

すぐ見つかるかと思います。よければ是非に!

 

展示準備でばたばたです。

明日から8月、私がきゃらあいと合同主催するグループ展があります。

関西ではなかなか見れない作家さんも多数参加していただくので是非来てほしい・・・・。そのことについても準備がひと段落したら更新できればと思います・・・!